昭和52年04月01日 朝の御理解
御理解 第85節
「女の身の上、月役、妊娠、つわりに、腹痛まず、腹帯をせずして、産前、身軽く、隣知らずの安産。産後、よかり物、団子汁をせず、生まれた子に五香いらず、母の乳をすぐ飲ませ、頭痛、血の道、虫気なし。不浄、毒断ちなし。平日のとおり。」
本当に隣知らずの安産のおかげを頂く為には、この85節にある、教祖様のお言葉、言うなら、教祖様のこの御教えを本気で守らせて頂き、又はそれを信じれたら隣知らずの安産のおかげが受けられる。所がこれは大変に難しい。神様はあぁ言われるけれども、親先生はあぁ言うてだけれども、やっぱり医者の言う事を中心にする。又は今まで言うて来た言うならば習慣とか、また言い伝えと言った様なものを重きを置くのです。
だからこの85節と言うのは大変に難しい。本当におかげを頂いて、神様を愈々分かり、神様を愈々信じさせて貰うというおかげを頂かなければ出来ることではないです。だから信心が段々分かり信ずる心が、段々強うなって来るときにこの御教えを、そのままに信じて、行じていく事が出来ます。そこには隣知らずの安産の子を産むことが約束される。これも大変難しいんですよ。
例えば帯をするなというだけでも、腹帯をせにゃいかんとこう言う。しかし最近ではあの産婦人科の先生が、こう毎日参ってきますが、今はあの腹帯をせん方が良いというふうに言われるそうですね。もうこの全部を見てから、今のまぁ皆さんは全部この通りの事はしてないですよね。不浄毒断ちなしとか。生まれた子に五香いらず母の乳をすぐ飲ませという様な事なんか、実際に実行が出来てないのです。大変だから難しい事なんです。けれどもその難しい事が、段々見やすうなってくるというのが信心の稽古です。
私共の家内辺りは、七人の子供を持ちましたが、始めはもう大変に難産でした。今の若先生なんかは、もう死んで生まれました難産で。それをおかげで今日あぁやっておかげ頂いておりますけれども、三人目の愛子からは、もうあれはあの丁度、北京から引き揚げて帰ってくる時でしたから、もうそれこそずうっと何時もが逆子でした。もうそれでももう本当にもう、それこそ神様のご都合というか、北京でかかっておった産婆さんが、丁度その前日にやってきたんですからね。大分におられます。
それがある用件で見えました。そうして、あの取り上げてくれました。もうそれこそあのこの人は、逆産専門というような産婆さんでしたが、もうそれこそ隣知らずの安産。もう、それ以来の五人の子供達は、みんなう隣知らずの安産。あら今まで奥さんそこに居りなはったが、もう二階でちゃんと生まれとると言う様な、そげんでしたよそれがほんなら、ここの全部が守れておるわけじゃないけれども、半分ぐらいは守れておる訳なんです。例えば、腹帯をするなて言われりゃしません。
すぐ乳を飲ませと言われりゃすぐ乳を飲ませる。だから信心とはね、段々言うならば、普通では出来ない難しいことが、段々見やすうしかも有難う出来て来る様になるという事が、信心の稽古なのです。今日はねだから、そこんところを聞いてもらいたいと思う。信心が詳しゅうなって。信心が巧者になってくると、もうお参りもせんでん良かごたる風な思い方をする人がある。そうじゃないです。
もう実は苦しいからお参りもしよる、おかげを頂く。それでやれやれという心が出るのも当然ですけれども、それで信心を繰り返しさせて頂いておるうちにです。信心が分かり、神様がいよいよ有難うならせて頂いたら。人がもう参るなと言うても、参らにゃおられん。日に一遍しか参らじゃったつが、二遍も参ろうごつなって来る。昨日は宮崎の石川のお婆ちゃんから、手紙が長々と参りましたが。
今日の親先生のお誕生日に、本当にお参拝が出来ないという事は、とても残念だけれども、こうこうな訳でと言うて、お供えを送ってまいりました。そのなかに書いてありますのが、先生今大祓信行を五十巻上げよります。もう私の行くところ、天井にオイサミがつかれる、下のお縁につかれる。もう本当に身が縮むような思いで、毎日大祓信行に取り組んでおりますと書いてありますね。
もう永年の信心でも、信心も巧者で。もうそれこそ沢山の人が、お導きが出来てお婆ちゃんのおかげで、いわゆる宮崎に宮崎支部が出来るほどしにおかげを頂いたんです。だからもう、それだけ巧者になったから、もう時々参りゃ良か大祓いも、もう一巻上げたり、上げなかったでん良か。神様にゃ言わんでん、通うとるからという様なことじゃない。益々勿論それは、お婆ちゃん別にお仕事がないですから。
五十巻一日がかりで上げられても良いわけですけれども、みんなその真似はできんにしても、例えば信心というものは、段々巧者になればなるほど、密になっていかなければならないという事を、私は今日は聞いて頂きたいんです。言うならば段々信心が分かれば分かるほど、ほんならこのこれは、妊産婦に対する御理解ですけれども。とてもとても普通のもの、ただ安産のおかげを頂きますようにと。
と言うてお願いをするだけで、他の事は、神様の言われる事じゃなくて、産婆さんの言われる通りやら、お医者さんの言われる通りしか出来ないんです。昨日でしたか久留米の井上さんから、お届けがあったんですけれども。四国にお姉さんが居られます。お姉さんのお婿さんあちらで、大きな事業をなさっておられます。大変良くおかげを頂きます。所が何かお医者さんの何か組合の様なものにかたっておられるわけですね。
まぁところがそのお医者さんがね、あなたの身体は普通とは違うと、何か必ず大変な放っておいたら、命に関わるような病気があると言われるんだそうです。それで色々診察をしたけれども、もう長い間入院されて、ずうっとその研究されたわけです。お医者さん達が研究された。そしてどうもないもんですから、今度は日本に二台しかないという機械を持ってきて、もうその精密検査をするから、それまで居ってくれと。
もう私は帰ると言われるとを、無理に引き止められて、まぁ長い間入院して、まぁ言うならば安心は出来たわけですね。医者からもう大丈夫と太鼓判を押されたから、退院のおかげを頂いたという御礼が、井上さんところへ電話が掛って来て、今度夫婦で御本部参拝させて貰うて、親先生に御礼を申し上げたいからと、こう言う託けでした。ちょうど入院されるだから先月でしたでしょうか。親子でお参りになりました。
その兄さんと娘さん。娘さんももうこれはもう、何て言うですかね、あの月のものがあります時には、もうそれはもう、そばでは見ちゃおられんような大変な苦しみなんです。もうその為にもう限界、これだけしか薬は飲ませられんと言うような、きつい薬をもうぎりぎりまで飲んでも、駄目だったんです。少し楽になるぐらいだけれども、その後の不愉快さというか、どうにも出来ないような事であった。
それでほんなら、合楽に一遍あんたがじかにお参りをして、お願いをせんのと言うて参ってきたんですよ。おかげで帰らせて頂いたら、月のもんが始まったんですね。それからまたあの痛みがするから、すぐ電話を架けた御神米をいただけ、もうそれっきりおかげ頂いたんです。本人が御礼に出てきました。こげな不思議な事があるじゃろうかと言う。お父さんもその時に一緒に来ました時に、私がお父さんに申しました。
何とかという大変有名なお医者さんだそうですから、私もね言うならば医者としての権威を持って、あなたの身体には何かがあると普通じゃないと。だからもう日にちを、時間を争うようにして、あのわざわざその入院したんです。それで私がそれをお取次ぎせて頂いて申しました。井上さんも居られました。私はね合楽教会長という、いうならば合楽の教会長としての権威で、私があんたに言うから言うことを聞きなさいと、病院に行かんでん良かと私が申しました。
向こうは大変偉い先生が医者としての権威、あなたの病気はどうでも精密検査をして、その病根を探さなければ、取り返しのつかんことになる。今のうちしときなさい。いやするしない。そこでここに参ってきた。そこで私が申しました。これは合楽教会長の権威として私があの病院に行かんで良いですよと。そして神様の言う事を聞いて、おかげを頂いたらね力を受けるんですよと。それで申しましたけれども、やっぱり病院に行ってそれこそ長い間、病院であらゆる検査。
そして先日からおかげで、まぁどうもないという事が分かりました。けれどももうついでですから、日本に二台しかない機械を持ってくるから、それで見てそして退院するように。それで見たけれどもどうもなかった。だから私が権威にかけて、もう病院には行きなさんなと。大変忙しい方なんです。もう行ったら困るんです。だからお願いしときゃ良いと、私が言うたけれども、やはり金光様の先生の言うことよりも、医者の言うことのほうが、やっぱ皆が信用するわけなんです。
私が大丈夫よと言うたら。はぁおかげ頂いたと言う人もあるけれども。お医者さんが、大丈夫よと言わしゃったら、それで安心するぐらいな人も沢山あります。お医者さんがちょっと、こう首をひねりなさるだけで、顔が青なる人がありますからね。行きがけ歩いて行っといてから、はぁあんた達と言われたもんだから、もう帰りがけは歩きもきらんごつなって、自動車で帰ってきたち言う人がある。それでここへ参ってきたから、私が大丈夫じゃと。それからここへ一生懸命参って来るようになった。
おかげでおかげ頂いた。そういう例はまぁ幾らもありますけれどね。久留米の宮崎さんという人でした。人間の神経ちゃね。医者がいかんち言うたから、もう青い面してから、歩ききらんごつなっとる。こら本当に私ももちっと、ほんなら私の権威で、私が合楽教会長としての権威を持って、私は病院に行かんでん良かと言うと、だからという事ははぁもう合楽の親先生が、あぁ仰ったから安心と安心が与えられるところまで、こちらの信心を、もちっと進めなければいけないなと、まぁ思ったことです。
まぁそれでほら、おかげは頂きましたけれども。ただおかげを頂いたというだけでしょうが。けれどもね神様の仰せを、そのままもうままよという心で、それを受けていきますとね。もう次にはお徳が受けられるです。そのままよという心が、おかげを受けるだけじゃない。力を受けるだから惜しいでしょうが。信心というものは分かれば分かるほどね。言うならば、目がこもうなっていかなければいけません。
今朝方ちょうど三時でしたけれども、母の声で私の方が子供の時に、総いっちゃん総いっちゃんと言うて言いよりました。それであの「さぁ総いっちゃん」という声が聞こえた。びっくりして跳ね起きましたら、まだ三時しかないまぁ十五分ある。けれどもこれはあのさぁ、さぁ総いっちゃんと言うところの、「さぁ」と言うことがね。さぁ立ち上がらにゃさぁやらにゃさぁと言う、あの元気を出せよと言うことだと思うたから、そのまま起きらせて頂きました。
今日は私の誕生日、六十四歳の誕生です。本当に母の祈りで私はおかげを頂いたと言うても良いのです。もう何十年前でしたけれども。私がその警察かなんかのようなので、一生懸命に追われよるんです。一生懸命自分で逃げよる。それで橋の上から川の中に、ちょうど映画のように飛び込んで逃げよる。それを船を出して、私ば追いかけようという人があった。ところがその橋の上で母がね、どうぞ助けてくださいと言うてもう、真剣に祈りよるのを見て、その警察かなんか分からん警察のような人がですね。
もう母親があがしこ頼むけんで、もうこれで大目に見とこうと言うお夢を頂いた事があるです。親の祈りと言うのはそんなに強いんです。私は捕らわれの身にもならなかったかも知れなかった。もう是で助からんという事だって、あったかも知れない。けれども母が橋の上で助けて下さいと言うて、一生懸命その言うておるのを、その聞いてその警察官じゃないけれども、まぁ警察官の様な人、私を追うて来とる人が母親があがしこ頼むけんで、もう大目に見とこうと言うて、あの様なお夢を頂いた事がありますが。
そういう強い祈りに祈られて、今日の私があるのですから、六十四歳と言う誕生を迎えさせて頂いた事も。人がこんなに沢山助かるようになった事も、やはり親の祈りであり、私はお誕生日と言うのは、そういう意味でです。母に難儀をかけたいうならば、産みの苦しみと言う、苦しみと言うあの産みの修行をしてくれた日なんです、今日は。だからもうお調子になって、はぁ私の誕生日だから、お祝いするなんて、もう本当可笑しな話なんです。けれども神様が祝福して下さる。
ご信者さんが祝福して下さるから、まぁ受けるのは受けるに致しましても。ほらもう今日は、私の誕生日だよと言う様な思いは、さらさらありません。今日は母がいよいよ、それこそ、産みの苦しみの修行をしてくれた日ですから。とりわけ今日は御霊様に御礼を申し上げなければならない日。そういうことと関連しとると思いました。さぁ総いっちゃんと、こう言うんです。
そして段々分からせて頂いた事は、ははぁそんなら御霊様がそういう働きが出来るはずがないのですから、これは天地の親神様だと思いました。親がさぁ総いっちゃん。神様からみりゃまぁ総いっちゃんぐらいな事じゃないでしょうか。まぁだ幼い信心に違いありません。けれども今日ほんならば六十四歳の誕生を、この境に四月一日を境に、さぁ今までよりも、もっとましな信心をせいよと、親神様が言われたと思うて、私は今日御神前に出ましたら、出ました途端に頂いたのが、オメガと言う事を頂きました。
オメガと言うのは、あれはあのスイスの名門ですね時計の。だから例えば今まで、私がほんなら、日本の精工舎的な程度の精工程度と言うですか、まぁきちっとした信心とでも申しましょうかね。時計のように正確だとこう申しましょう。それがもう日本の精工舎じゃない。それこそ世界の名門といわれる、オメガのような素晴らしい正確な信心になっていけよと、私は今日は言われたという思いが、今朝の夢と今日オメガと言う事を頂いて、そう感じました。
はぁこれは今日を境に、だからもちっとましな本当に正確な、言うならば正確無比とまでは行かんでも。本当に実意丁寧神信心が、いよいよ持ってなされなければいけないな。今日を境にこれを親母の御霊様に、このことを今日はお供えしようと思うて、心が何とはなしに、こう弾んでおります。そこへ以って今日はここの、八十五節ちょうど妊産婦に対するところの御理解でした。本当にね。母がほんならこういう、隣知らずの安産のおかげを頂いたと言う事はなかったろう。
次々と流産三人目に、ようやく私がおかげを頂いて、まぁ安産のおかげを頂いたわけでしょうけれども。やはり産みの苦しみを伴うた事だけは間違いない。その産みの苦しみの修行をさせた日として、今日は私は御霊様に御礼を申し上げたいと思う。そしてその御霊様が、さぁ総いっちゃんと言うて私を起こした、そのさぁと言うの言葉がね。もう何とも言えんさぁ行かにゃと言うて、言うあの勢いなんですよ。
だからさぁっと言う勢いで、今日を境に私は所謂、オメガ的な正確な信心にもう一歩前進しなければならない。もう六十四になったけんで、もうちっとだん緩やかになって良かろう。もう息子にちっとだん任せたっちゃ良かろう。そげなこっじゃ決してないです。信心とは分かれば分かる程頂けば頂く程、より言うなら目のこまい信心に進んでいくという事が、信心なんです。けれどもおかげだけの信心であったら、おかげを頂くともう緩む。もうこのくらい分かったから、と言うてもう朝参りも出来んごつなる。
そうじゃないです。もう分かれば分かるほど参らにゃ。だからもしそういう人がです。あなたの信心はもうそれまでの信心です。とてもとてもあの世にどん持って行けれるおかげは頂かれんばい。日勝り月勝りのおかげは頂いても、代勝りのおかげの頂けるような信心にはならんよという事を、もうそれはあの表示し、明示しておるとと同じことです。自分の信心が段々あの。あのもう巧者になったから、分かったからと言うて、すぐ信心が言うならば、このいわゆる信心ばかりはね。
神様に向こうた上にも向こうて、始めて愈々より有難くなれるんです。その有難いという心がさぁと言う心も起こさせるのです。だから大丈夫じゃがと私が言うたら、皆が一遍で顔色が変わる位に、どんな心配事であっても、安心してそれがお取次ぎが願得れる位な信心に私がもう一段、進まなければいけないなと。如何に私が合楽の教会長としての権威をもって言うて、先生あげん言いなさるばってんと。
こう二の足踏ませるぐらいのこっじゃ、こちら私自身の信心が、まぁだ正確じゃないからだという風に、今日は私は頂きました。この八十五節と言うのは、もう大変に難しい御理解。けれども一言づつでも信心が分かってきて、神様のおおせが守られるようになり、親先生が、信じられるようになったら、親先生のもう親先生任せになってさえおけばという事になってくるのですよ。私は本当に一切全てのものに、御の字をつけてと言う様な事なんかでもね。
自分の都合の良か事だけには、御の字をつけちからね。自分の都合の悪か事には、御の字は着けないと言う様な生き方では、御の字をつけてもおかげにはならんですよ。自分には都合の悪い事いやな事であっても、それを御事柄として受けて初めて、全てに御の字がつく様なおかげが頂かれるんです。子供の時には許される。けれども大人なら許されんという事があるでしょう。けどもまたそれとは反対にね、大人になったら許されるけれども、子供じゃ許されんと言う事もある事を、みなが知らにゃいかんです。
如何に信心が微弱だ、若いと言うてもです。そうでしょうがほんなら、未成年の者が酒飲んじゃならんとか、タバコ呑んじゃならんとか言うでしょうもん。けれども、ほんなら例え、青年式でも終わったら、ほんなら酒もタバコも呑んでも良いように、やっぱ自然界にも、そういう約束があるですよ。だから自分達の信心の、ほんなら微弱さなら、微弱なら微弱の所でもです。微弱だから返って、許されないという事もあるということを知らにゃいかんです。
大抵我がまましたっちゃ、もうありゃ子供じゃけん、ほうからけぇとけと言う様な事もありますよ。けれどもね子供だからこそ、許されないと言う事もあるのです。お互いの信心を一つ再検討しなければならん。その事を今日私は今言うその、御の字さえ付ければ良い。と言うて自分の都合の良か事だけは御の字をね。自分の都合の悪か事は、御の字をつけき欄位ならば、そらまぁだ子供じゃから。
そんな事でおかげの頂ける筈は無い。一切に御の字を着けてという事は、もうやはり合楽理念をマスター出来て、合楽理念の本当に自分で、凝縮して頂けれるくらいなおかげを頂かなければ、御の字の効果は無いです。勿論合楽理念の中に入ってくるのが、一切を御の字をつけてという事なんですけれども。だから一切がでなからにゃいかんのです。そういう例えばほんなら、難しいごたるけれどもそれを頂いていくと、本当に成程一切を御の字で頂いたが。
一番素晴らしいことであり力を受ける事であり、お徳を受ける事であり、人間の幸福の条件が足ろうて来る事であるという事が分かって来ると、もうそれは難しい信心ではなくて。言うならば信心がそれだけ成長したという事になる。成長すればするほどに、神様には近付かなければおられない。それが信心。今日はそういうところをね分かって貰いたい。八十五節はみんな大変に難しい御理解。けれども信心が分かってくると、神様があぁ仰せられるからと、行じられてくる様になる。
お互いの信心の度合いの所を分からせて貰うてね。今日は私のほんなら誕生日ということで、ほんなら聞いていただいたお話もです。もうほんなら六十四歳になったから、もう朝の御祈念でん、ちったもうゆっくり良かろうとか。もうここに座りつかんでん、もう子供達に任せちから、もう裏でテレビでん見とくほうが良かという風に、こう楽隠居になって行こうごたる気持ちでは、信心は出来ないことがわかる。
もう信心の後退ですこれは。もうこれは私が、これは思うとるけれども、もうそれこそ、五体の動く限り。年をとればとるほど、いわゆる目のこまい信心を、させて頂きたいと思いよるけれども、なかなか踏ん切りがつかん。今日といい、ほんなら誕生日という、一つの踏ん切りのつけられるような日に、朝からお夢ともご神事とも分かりませんけれども、さぁ総いっちゃんという、母の声を聞いた時に私の中に、何か知らんさぁっという心が生まれてきた。
そこへご神前たるいわゆる、正確無比の時計のお知らせを頂いて、はぁこりゃもちっと、実意丁寧神信心、もっと正確な信心が出来なければならないなと思うた。言うならそこから、正確なおかげが約束される。言うならば正確な信心に。正確ないわばゴヒレイも、また、輝くことであろう。今日を境に一つそういう信心に進みたいと思うですね。皆さんも一つあ、さぁっと言う勇気を出さなければ、朝起きる時でもね、さぁっと言うこれがねそれこそ、布団を蹴って起きられるような元気な心が出るんです。
あぁまだ何時ばいの、何分ある何分あると言うごたる風でね、ぐずぐずしよるとまた眠ってしもうてから、あらとうとう遅れたという事になってくるんです。さぁっという事が、天理教の教祖様が亡くなられる時には、あの霊社を扉を開けなさったそうですね。そしてさぁっと言うて亡くなられたそうですよ。さぁ今からあの世へ行くぞと言う事でしょうね。これは天理教の方から聞いた話ですけれども。さぁっと言うどこにでもさぁっと言う、この私はあの生き生きした心が、次の弾んだ働きになってくると思うですよね。
どうぞ。